コック・アンド・ローチズ(7)「パウロ・マック・アントニー」

「マルチ人間 ”パウロ” 」

PURE MCCARTNEY

 天才と呼ばれる人間には大きく分けて2種類ある。一つは、特定の物事をとことん掘り下げるタイプ。「その人にしかできないこと」をやる人間だ。一方、「何でもできる」人間もいる。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチのような万能の天才。建築、絵画、数学、哲学、物理学とあらゆる分野で功績を残した。彼のように複数の分野にまたがる者もいれば、一つの分野であらゆることをする者もいる。

 ローチズの顔であり稀代のメロディーメーカー「パウロ・マック・アントニー」も、やはり万能の天才であった。彼はミュージシャンの枠を飛び越えていろいろなことをしてきたが、すべてを音楽に還元してきた。彼ほど音楽を愛し、そしてファンに愛されるミュージシャンはいないだろう。

 

 

カリスマから嫉妬される男

「コック・アンド・ローチズ」

20世紀後半から現在に至るまで、音楽界はポップとロックが牛耳っている。細分化するジャンルも、結局はこれらの要素が根っこにある。

そんなポップ・ロックを世界中に広めたのが、「コック・アンド・ローチズ」だ。

もはや説明不要のローチズ。解散から半生記近く経ち、メンバーも半分しか残っていない現在でも、知名度はミュージシャンの中で一番であり、CDも未だに売れ続け、世界中のアーティストからの尊敬を集め続ける。

解散後もすべてのメンバーがソロで成功、そこでようやく「ローチズは天才の集まりだった」と世間は知ることになった。

音楽があるかぎり、これからもローチズは愛され続けるだろう。

 

 デビューから数年間、ローチズは完全にジャンを中心に回っていた。特に最初期は、ジャンのリーダーシップと作曲能力がなければ、ローチズはここまで大きなバンドにはなっていなかった。しかし、ローチズにはジャンに並ぶ才能を秘めていた人物がいた。それが、「パウロ・マック・アントニー」である。ローチズと言えばパウロを思い出す人も多いだろう。その愛らしいルックスと美声も相まって、ローチズの顔となっている。

 

 そんなパウロは、メンバーの中で唯一、ジャンから一目置かれていた。元々演奏能力はあったものの、結成当初はシンプルな曲しか作れなかったパウロ。ジャンの背中を追うようにして、その能力をぐんぐんと高めていった。そのうち、パウロはオリジナリティーを確立し始め、ジャンとパウロの曲調に明らかな違いが見られるようになった。そして、バンドが中期に差し掛かると、ジャンを脅かすような存在にまでなる。事実、大衆性のあるメロディーをつくるのは、パウロのほうが圧倒的に上手かった。

 

 ジャンの曲と歌声は、エモーショナルで聞くものの魂を揺さぶった。言うなれば、1体1でファンに呼びかけ、行動を起こさせるような曲だ。一方、パウロはあくまで大衆に呼びかける曲だった。そして、大衆は彼の曲と歌声を聞いて笑顔になった。パウロはジャンを良き友として、切磋琢磨する存在として見ていた。しかし、ジャンはいつからか、パウロを脅威に感じ、嫉妬心まで抱くようになった。中期から後期にかけて、ジャンが平和活動に傾倒し始めたのも、これが大きな理由だと言われている。

 

器用「富裕」

 パウロのすごさは、その器用さである。基本的な作曲・演奏能力は申し分なく、無駄がなくバランスが良い。加えて、彼はあらゆる楽器を完全にマスターし、メロディー、リズム、ノリ、メリハリ……すべてを完璧にこなした。その気になればどんな曲でも書けた。ジャンの曲調を真似することだってできた。さらにパウロは、プロデューサー、エンジニア、ミキサー、ジャケットデザイン、プロモーション、ジャケットのプレス作業……レコードに関わる全ての作業に手を出した。特に、ジャンが平和活動に傾倒している間は実質的なリーダーとなり、バンドの全件を掌握していた。一人で全てをこなすことから「個であり全体」という意味で、「地球」「アース」と呼ばれるようになった。

 

 その集大成は、バンド名義でありながら実質的なソロアルバムである「cross road」(十字路)である。「ロックは労働者のためのもの」という原点に立ち返り、世の中の様々な職業にスポットを当てた作品である。パウロはこのアルバムのために、郵便局員、家庭教師、タクシードライバー、バーテン、スポーツインストラクター、大工、営業など、転職を繰り返していった。

 

 郵便局とバーテンはバイト、大工は見習い、営業は1ヶ月の試用期間をこなしたが、大変なのはその他の職。バイト終わりに教習所に通ってタクシードライバーになり、生徒や親の送り迎えと並行して家庭教師をこなし、休日は彼らにテニスやゴルフをレッスンした。自然と裕福なファミリーと接することが多く、王族関係者の教師とインストラクターを担当することとなり、そのコネで政治家への転身を進められた。そこで、アルバムを完成させてから1年間だけなら、という条件でパウロは承諾。

 

 スターでありながら一般人に戻って様々な職業をこなし、そこからコネをつくって政治家を目指す。この少々作為的な感じもするサクセス・ストーリーは、大衆に見事にウケた。王族と大衆の支持もあって政治家になったパウロ。短い期間ではあったが、外交担当となり、途上国に向けて多くのODAを発行した。この際、王室への予算を削ったために王族から顰蹙を買うも、大衆からは高い支持を受け、世界の平和に貢献した。

 

 求心力はあったが、平和のために目に見える何かをしたわけではないジャン。そして、政治家として一定の成果を出したパウロ。一見するとバンドや音楽とは関係のないエピソードだが、これがバンド解散の遠因になったのだった。

 

続く