コック・アンド・ローチズ(6)「ジャン・ミズノ・レイン2」

「世界のカリスマ ”ジャン” 」

IMAGINE

 物事にはウラとオモテがある。裏表のある人間は嫌だという人がいるが、自然界を見てみるといい。大自然の動物たちは騙し合いの連続で弱肉強食の世界を生き抜いている。だまし討、擬態、寄生、他の鳥の卵を奪う鳥もいれば、全く違う姿の生き物が偽の家族として共生することもある。生きるためなら、自分自身をも騙すのだ。

 ローチズのリーダーであるジャンもそうだった。溢れ出る才能と類まれなる統率力を持ちながら、ローチズを無視して勝手にソロ活動を始め、バックバンドのメンバーに無理を強要、音楽活動を休止するに至った。だが、これも彼にしてみれば、未来を見据えての、人生の伏線だったのだ。

 

 

ギターの弦と国境線

「コック・アンド・ローチズ」

20世紀後半から現在に至るまで、音楽界はポップとロックが牛耳っている。細分化するジャンルも、結局はこれらの要素が根っこにある。

そんなポップ・ロックを世界中に広めたのが、「コック・アンド・ローチズ」だ。

もはや説明不要のローチズ。解散から半生記近く経ち、メンバーも半分しか残っていない現在でも、知名度はミュージシャンの中で一番であり、CDも未だに売れ続け、世界中のアーティストからの尊敬を集め続ける。

解散後もすべてのメンバーがソロで成功、そこでようやく「ローチズは天才の集まりだった」と世間は知ることになった。

音楽があるかぎり、これからもローチズは愛され続けるだろう。

 

 世界的なバンドのリーダーでありながら、60年代に世界初の引きこもりとなり、自宅でこちらも世界に先駆けた反捕鯨運動を始めたジャン。唸るほどの金と、日本有数企業の令嬢である妻を持ち、世論を変えるほどの発言力・行動力を持つという、現在知られる引きこもりとは一線を画する存在であった。引きこもりとは本来、このように大きな意志と目的を持ち、内にこもりながら外に発信する存在であるべきだ。日本の貧弱な引きこもりも、ジャンを見習って欲しいものである。

 

 さて、ジャンの活動は他にもたくさんある。この時期、バンドの各メンバーの個性が際立ち、活動に支障をきたすようになっていた。ジャンやパウロのソロ活動の噂は常に合ったし、解散さえささやかれることもあった。そもそもの原因は、どのメンバーもソロでやっていけるだけの人気と実力を身につけたことだ。初期のバンドはジャンとパウロの支配力が強く、それに対するハリスの不満が表面化したこと。そして、バンドそっちのけでいろいろな活動をするジャンに、パウロは困惑していた。

 

 そんな中、ジャンは勝手にソロ活動を始める。当時は途上国で戦争や紛争が多発していたため、ジャンは反戦運動に打って出た。「1曲書くごとにギターの弦を1本づつ減らしていく」と宣言。

「弦が減るたび、世界の国境も一つづず減っていけばいい」

 ジャンは自身のバックバンドのメンバーにも強要し、ベースの弦、ピアノ線などあらゆる線をバンドから排除していった。楽譜の線も一本づつ減っていき、もはや曲を作るどころではなくなった。しまいには、メンバーの一人に「君の顔に輪郭は必要か? 」と言い、バケツいっぱいのペンキを浴びせ、スタジオの壁と同化させようとした。このように、とにかく線という線を消そうとした。

 

 当然ながら、メンバーは不満を訴えて次々と脱退。最初のうちは「君たちがどこに行こうと、僕らは点と点、一本線で結ばれているんだ」と意味不明な言葉を吐いて強がっていたが、そのうち自身も減らす線が無くなり、ついにはいわゆる「琴線」すら手放し、最後は「緊張の糸」が切れて音楽活動を休止するに至った。

 

 余談だが、この短い平和活動の間、世界ではむしろ国の数が増えており、国境線は+20ほどになっていた。

 

 

続く