コック・アンド・ローチズ(5)「ジャン・ミズノ・レイン」

2016年9月10日

「世界のカリスマ ”ジャン” 」

IMAGINE

 物事にはウラとオモテがある。裏表のある人間は嫌だという人がいるが、自然界を見てみるといい。大自然の動物たちは騙し合いの連続で弱肉強食の世界を生き抜いている。だまし討、擬態、寄生、他の鳥の卵を奪う鳥もいれば、全く違う姿の生き物が偽の家族として共生することもある。生きるためなら、自分自身をも騙すのだ。

 ローチズのリーダーであるジャンもそうだった。ほとばしる情熱と類まれなる行動力を内に秘め、世界初の引きこもりとして反捕鯨運動を行った。内から湧き出る生々しい感情を表現するために、世界に向けて嘘をついたのだ。

 

 

日本の令嬢「水野」と世界初の「引きこもり」

「コック・アンド・ローチズ」

20世紀後半から現在に至るまで、音楽界はポップとロックが牛耳っている。細分化するジャンルも、結局はこれらの要素が根っこにある。

そんなポップ・ロックを世界中に広めたのが、「コック・アンド・ローチズ」だ。

もはや説明不要のローチズ。解散から半生記近く経ち、メンバーも半分しか残っていない現在でも、知名度はミュージシャンの中で一番であり、CDも未だに売れ続け、世界中のアーティストからの尊敬を集め続ける。

解散後もすべてのメンバーがソロで成功、そこでようやく「ローチズは天才の集まりだった」と世間は知ることになった。

音楽があるかぎり、これからもローチズは愛され続けるだろう。

 

 ローチズを語る上で欠かせない存在が、リーダーでギタリストの「ジャン・ミズノ・レイン」である。ミドルネームを除いた「ジャン・レイン」は、もはや人名というよりも、20世紀に存在した最も優れたミュージシャンを表す固有名詞とも言える。

 

 日本でも知らない人は皆無であろうジャン。彼の妻は御存知の通り「水野」という名の日本人だ。彼女のプロフィールは、公式には苗字以外はほとんど明かされていない。名前ですら、だ。ただ、どこからか噂は広まるというもので、彼女は元々日本の大手商社に務めるOLであり、父は神戸で貿易商を営み、母の実家は有数の温泉街の老舗旅館という、非常に良い家柄のご令嬢というわけだ。2人の出会いも、水野の実家の旅館がお膳立てした。初期のローチズがライブのために来日した際、彼女の旅館に世話になったのだ。

 

 さて、ジャンといえばどのようなイメージがあるだろうか? 日本人にとっては、ミュージシャンと同時に平和運動家としてのイメージも強いだろう。ジャンの平和運動の象徴ともいえるのが「ステイ・インドア(stay indoors)」。妻とともに、自宅のベッドで寝転がりながら平和を願うというものだ。今で言う「引きこもり」という意味もあり、あえて外に出ないことで強固な姿勢を示すという意味合いをもつ。日本の引きこもりの多くは、表面的には「社会」への反発を示しつつ、その実「親」への強烈な反抗心を持っている。しかし、「ステイ・インドア」は消極的な理由ではなくあくまで積極的。世界を変えようとしての引きこもりなのである。

 

 少々話がそれるが、欧米では「ステイ・インドア」は「ロング・ウォー(長期戦・耐久戦)」と呼ばれる。日本の引きこもりのように先の見えない消極的な行為ではなく、あくまで目的があり、それを達成するための戦いなのである。

 

早すぎたシーシェパード

 

 ところで、ジャンは「ステイ・インドア」で何を訴えていたのか? それは、「捕鯨反対」である。今でこそポピュラーな反対運動になっているが、当時の世界で反捕鯨という言葉はほとんど使われることは無かった。そもそも、捕鯨についての認識が低く、アジアや島国でのグジラ食の文化など誰も知らなかった。ベジタリアンすらごくごくマイナーな時代である。そんな時代に、ジャンはどうして反捕鯨を訴えたか? 諸説あるものの、ジャンは家畜以外の哺乳類を殺すことに嫌悪感を示していたというのが有力だ。ジャンの繊細かつ少々豊かすぎる想像力、考えすぎる性格が伺えるエピソードである。

 

 「ステイ・インドア」は国際紛争が盛んな時代、ジャンの自宅の寝室にて行われた。期間は約3ヶ月、ベッドの上に妻と2人で寝転がり、報道陣を招待して紅茶を飲みながら座談会を行った。雰囲気は非常にまったりとしていて、ジャンが普段見せることのない、非常に落ち着いた表情を見ることができた。しかし、そもそもの活動の趣旨は、誰にも理解できていなかった。それは、ジャン自身にも言えるかもしれない。

「クジラとイルカはどう違うんだ?」

「クジラは軟骨魚(サメなど)じゃないのか?」

「ネズミは爬虫類だろう?」

 これらはすべてステイ・インドア時のジャンの発言である。動物の分類の知識もままならないまま、見切り発車で始めたパフォーマンスだったのだ。

 

 しかし、少数だが、ジャンの活動に裏の意味を見出すものもいた。中でも最も有力なのは、活動を通じてセクシュアルな隠喩をしていただけではないか、というものだ。ベッドの上で男女が2人。クジラについて語り合う。つまり、「潮を吹く」という隠喩を表現していただけで、それを早く気づいてもらいたかっただけ、あるいはそのバカさ加減にツッコミを入れて欲しかっただけなのだ。

 

 とにもかくにも、真相は藪の中である。

続く