「坊っちゃん」(夏目漱石)のレビュー・感想

2014年8月12日

江戸っ子の教師が、四国の学校で陰湿教師をやっつける!

坊っちゃん (新潮文庫)

もくじ

あらすじ

 幼い頃はいたずらっ子でやんちゃ、考えるより先に手や口が出る主人公だが、彼は自分の考えをしっかりと持っていて、何より正直者だった。
 彼の家には清(きよ)という名のお婆さんが下女としていた。彼は近所の者や両親からは悪さばかりする駄目な奴だと言われていたが、清だけはいつも彼を褒め、立派な人間になると言っていた。
 両親の死後、彼は学校を出てすぐ教師の職を得て、四国へと居を移すこととなった。東京とは言葉も文化も違う田舎町にある、赴任先の旧制中学で、彼は口が達者で生意気な生徒たちに悩まされることとなる。しかし、さらに問題だったのはそこにいる教師たちだった。
 典型的な江戸っ子である主人公が、田舎特有の閉鎖的な文化と狭い社会の中で、様々な人間と関わっていく。その中で、彼は人としての正しさや、善悪について考えていく。

 

【参照:新潮社HPでのあらすじ】

松山中学在任当時の体験を背景とした初期の代表作。物理学校を卒業後ただちに四国の中学に数学教師として赴任した 直情径行の青年“坊っちゃん”が、周囲の愚劣、無気力などに反撥し、職をなげうって東京に帰る。主人公の反俗精神に貫かれた奔放な行動は、滑稽と人情の巧 みな交錯となって、漱石の作品中最も広く愛読されている。近代小説に勧善懲悪の主題を復活させた快作である。

(「書籍詳細:坊っちゃん」より)

解説

  • 発表:1906年
  • 舞台は愛媛県松山市
  • 夏目漱石の愛媛での教師経験を下敷きにしている

考察と感想

【人物について】

 この物語が素晴らしいのは、まず人物の描き方だ。主人公の描かれ方にそれがよく表れている。主人公は正直だが融通の利かない人物だ。正しいと思ったことは絶対に曲げず、相手が間違っていると思えばそれをそのまま口に出す。そして彼は、とりたてて学があるわけではないが、優れた道徳心と筋の通った意見とを持っている。そのような彼の性格は、人と接するときに最もよく表れる。そのせいで度々問題を起こし、摩擦や軋轢も生むが、彼の言動は決して間違ったものではないので、彼を良く思う人も多い。
 物語では、彼のいい面ばかりをただ並べ立てているわけではない。彼は嫌いなものには遠慮なく文句を言うし、何が嫌いなのかを延々と述べるし、悪口も言うし、汚い言葉も使う。しかし、そこに嫌らしさや卑屈さはない。同じ立場にあったら誰でもそう思うことを、彼は正直に口にしたり、考えていたりするだけだ。そのような彼の言葉や考えは、読んでいて清清しくなる

【文章について】

 それから、この作品に限ったことではなく、夏目漱石の文章の特徴だと思うが、言い回しがすごく上手いと思った。物語のいたるところに、面白い言い回し、美しい言い回し、世の中や人間性の核心をつくような言い回し、などがある。物語の筋を無視してそれだけを読んでいても、充分に楽しめるくらいたくさんあった。例えば次のような表現だ。これは、主人公が綺麗な女性を見たときの、美しさを形容した表現だ。

「何だか水晶の珠を香水で暖めて、掌へ握ってみた様な心持ちがした」

 

 もう一つ、悪さをした生徒が主人公に謝罪したことについて、主人公が考えを述べている部分も面白い

 

「生徒があやまったのは心から後悔してあやまったのではない。只校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商人が頭ばかりさげて、ずるい事をやめないのと一緒で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめるものではない。よく考えてみると、世の中はみんなこの生徒の様なものから成立しているかも知れない。人があやまったり詫びたりするのを、真面目に受けて勘弁するのは正直過ぎる馬鹿と云うんだろう。あやまるのも仮にあやまるので、勘弁するのも仮に勘弁するのだと思っていれば差し支えない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまで叩きつけなくてはいけない。」

 

【言葉使いのセンス】

 他にも、この物語は会話を含めてリズムが良く、現代で言うワードセンスも素晴らしいと思う。特に、登場人物を指すとき、主人公がつけたあだ名をずっと使っていくところに、それがよく表れている。あだ名が的確で、一度見ると絶対に忘れないようなものになっている。人物以外にもところどころで特徴的な固有名詞を使用している。