「限りなく透明に近いブルー」(村上龍)のレビュー・感想

2014年8月12日

群像新人賞・芥川賞受賞のデビュー作!

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

あらすじ

 米軍横田基地のある東京都福生市、そのアパートの一室に主人公のリュウは住んでいる。そこは友人のたまり場になっていた。リュウたちは薬漬けの毎日を送り、些細なことで言い争いをし、誰ともなく肉体関係を結ぶ。そして、友人が経営する店で「パーティー」と称し、黒人たちを交えて集団で破廉恥な行為をする。彼らはそんな無秩序で目的のない日々を過ごしていた。

 野外コンサートに参加し、仲間を殴った警備員をトイレで暴行。酒と薬で朦朧としたまま、帰りの電車で女性を襲い、駅員を殴って逃走。家に帰れば仲間の1人が恋人ともめた挙句、女をボコボコに殴り、男は追い詰められて自傷行為をする。

 大事には至らず、皆はそのまま以前のように部屋にたむろし、ダラダラと過ごしていた。しかし、仲間が去った後で、リュウは妙な感覚に陥り、そのまま幻覚を見て、正気を失っていく。そして、パーティーの時に店を訪れた黒人が語った「黒い鳥」を目にするのであった。

 

感想

 この作品は、とにかく描写がすごいです。薬を使用した時の感覚描写、仲間たちが些細なことで言い争いをしたり、数人で破廉恥な行為をしているところなど、リアルな描写を淡々と綴っています。これは村上龍の作風とも言えますが、この作品の前半はとにかくこのような生々しく混沌とした描写の連続です。

 一方で、主人公は自分が体験することも含めて、あらゆる出来事を冷静に客観視しています。「乱れた現実の一方で冷めた自分がいる」というのが、この作品のテーマにもなっています。
 この点については、文庫の解説の部分で説明がなされています。

 明らかにこの作品は風俗的な騒々しさに満ちている。しかし、作品をたんねんに読み進むならば、この作品がじつは奇妙な静けさに浸されていることに誰もが気づくだろう。このことをたとえば新人賞の選考委員たちは一致して清潔と評している。(中略)ここにあるのは、ただ、見ること見つづけることへの異様に醒めた情熱だけである。私、および私の行為はどのようにも意味づけられていない。私とは一個の眼であり、また感覚の塊にすぎないからである。ただ、全的に見ること全的に感じることによってのみ私は根拠づけられている。

(「新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)」解説より)

 また、作中に何度も登場する鳥についても、解説でわかりやすく説明してあります。

 この「鳥」が、暗喩として、現代社会を、その構造を示唆しているのは明らかであろう。作者が意識するしないにかかわらず、それは、不安定な自己意識をさらに曖昧なもの、不確かなものへとおしやる巨大な力を思わせるのである。

(「新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)」解説より)